山と開口




 この建築は、日本のスニーカー・ブランド(ドラゴン・ベアード)のためのデザイン・ルームと、住居である。
 敷地は、兵庫県・宝塚市。大阪平野を一望に見渡すことができる、高級住宅街にある。
 この建築は標高320メートルの山の「斜面」に建つ。敷地の高低差は8メートル。




 斜面という、土地の特性を使って、人間の2つの欲求を満たす建築をつくる。

A、地中にもぐって大地の温もりの中にいたい。

B、鳥のように飛んで行きたい。




  A、温もる。下階、住居、見えない山の中


   1. 敷地は高低差8メートル。8メートルというのは2階建ての建物より高い。下階は傾斜した土の中にある。
      下階は上の道路からは見えない。

   2. 地中1.5メートルに岩盤層がある。シャベルカーでも砕けない頑丈な岩盤。
      岩盤が出るまで土を掘り、岩盤で基礎を支える。

   3. 掘った土を使って、2つの山をつくる。その起伏の間に住居を沈める。

   4. 〈新たな地形-山〉の中で、家はどこからも“大地”が近い。斜面が強調されるように山をデザインしてい
      る。
      〈新たな地形-山〉の中で、家はどこからも“大地”が近い。斜面が強調されるように山をデザインしている。
 斜面を“平ら”にして建築をつくるのではない。逆に、傾斜をもっと急こう配にする。それが2つの山。2つの山の間間に住居をつくる。そして、2つの山の上に浮かぶ平屋が、デザイン・ルームである。





  B、飛んで行く。上階、デザイン・ルーム


   1. 大阪湾、高層ビル、神戸港、関空、伊丹、青く翳る山脈が見える。

   2. もともとは角度18度の傾斜する土地。その上に山をつくる。山が斜面を波立たせる。

   3. この山波は、地形なき場所の地形である。地形の波に床を浮かすのだ。これが上階。

   4. 私たちは、波の上を渡ってゆくものの形をつくった。波濤(はとう)を超えて行く長距離船の夢か、もしくは
      ドラゴン。
 この建築の、夢は航海的である。
 18メートルのテラス。海や彼方60キロメートルの山脈まで見通せる。このテラスに立つと、住宅地の他の家並みがすべて見えなくなる。そういう建築の構成、開口の構成である。ふっと体が浮き立つような感覚を覚える。家の中にいる感覚ではなく、私たちは、船の甲板にいるかのような感覚を与えたかった。
 この建築の、〈デザイン・ルーム-上階〉は船である。




 プランはL字である。突端は、斜面から大きく迫り出している。外を呑み込む開口である。

 地形の曲線的な造形の中を、直線的な庇が走る。地形の迫力に負けぬように、庇は力強く出す。薄いの、ぶ厚いの、短いの、長いの、えぐったもの。

  家に守られていたいが、同時に飛んで行くような気分。両極的な世界を1つとする。建築の上下対応する形がそ
れをする。


 それは、洞窟と航海性。


 飛び立つ、また、投錨している。

 漂流し、また、故郷的である。

 空、また、大地である。

 遠く、また、近い。









  山の素材


 外部の山は、斜面を掘った土を盛って、締め固めてつくっている。表面は、大理石を砕いた寒山という素材である。
 白い色のなかから、きらきら大理石の粉々したかけらが光る。白い山が2つある。白い山の中に住居があり、白い山波の上にデッキがある。

 2つの山の一つは、この建築を支える構造となっている。もう一つは、その山に隠れて浴室がある。
 2つの山は住居のリビングにも入り込んでいる。




  デッキの構造


 上階は鉄骨造。下階は鉄筋コンクリート造である。上階は、船のデッキにいるような感覚である。
 そのために、建築的な柱や壁というものを意識させないようにしている。北の道路から家へ入ると、幅14メートルの開口と、その外に16.5メートル×3メートルのテラスに、自分の身体が風景の中に浮きたつ。デッキだ。

 そのために使った方法は2つある。

    1. トラスの再評価

    2. 構造体を曲線の中に隠す



  1 北の壁面は、水平スリットが切ってあるから、それとわからないが、その壁の中にトラスが組んである。橋のような構造になっている。水平スリットの上部に橋が組んである。それによって、床が宙に浮く。仕掛けは見えない。

  2 柱というものは、開口を形づくっている曲線の中にあって、これも見えない。それらの開口の曲線は、山の曲線と呼応している。繰り返し繰り返し現れる曲線によるファンタジーである。




  住居と開口と山


 下階は山の斜面をうまく使う。隠すところは山となり、光の欲しいところは谷となる。その起伏全体をデザインしている。

  水平の2つの庇


 上下の空間の使われ方が違う。上階はデザイン・ルーム。下階は住居。住居の中にパブリックな空間があるわだ。求められる空間の在り方は違う。そこで、構造も違う。
 この上下を一つとするために、山の曲線と開口の曲線を連続させ、そのバランスをとっている。それが意外にも、水平の直線である。つまり、庇である。上階に長さ14メートル、下階に長さ16.5メートルの薄い鉄板の庇が開口の上にある。鉄板の厚みは9ミリメートルと薄い。この2つの庇の直線が、この家の横広がりののびのびとした大きさを強調する。
 それが斜面に立っていることを忘れさせる。



  青と白


 全体の白さは、一般的な白い塗装ではない。青を混ぜた白である。これは、青空と対応する白が欲しかった。
 それと、2つの山をつくった素材、寒山のきらきらした大理石のかけらの光を映すようにだ。






 これは、建築を消し去ったときの斜面である。この建築の「家」は「山」である。斜面の設計は、山の形を構造的に整えることだが、その目的は、山をつくる曲線が切れ目なく流れるように感じさせることであった。山波に対する人間の感覚へ近づける。曲面が少しでも変わると、バランスが崩れ、開口の在り方も、山も、建築の全体まで変わってしまう。だが今、この斜面の起伏に立って、不自然さを感じた人は一人もいない。


  [左図] 斜面地の観念を整理した。上下の対応、クロスする遠近。斜面という場所で人間が感じる複数的な世界

  [右図] 斜面に立つ人。斜面にうずくまっている人。斜面から飛んで行ってしまう人。斜面で人は、登って来た道のりを振り返ることも、これから行く先を見据えることもできる。人間を揺り動かす幻想の場と言える。



  [左図] 地表から地下1.5メートルに硬い岩盤層がある。そこへ基礎を固定した。そのために掘った“土”を使って、“赤い曲線”を設計したわけだ。山の起伏、土の盛り上げ、すなわち地形をつくった。その山の中に下階をつくる。その山波を渡って行く形を上階とした。上下対応する2つの形を1つとした。

  [右図] 斜面の草むらや、決して大人たちが来ない窪みで、こんな格好で、孤独の中で、遠くを見ながら、まどろんでいたことはなかったか?

 建築データ:「山と開口」
  • 所在地:兵庫県宝塚市
  • クライアント:AMERICAN CLUB INTERNATIONAL CO, LTD
  • 敷地面積:711.46㎡
  • 建築面積:280.80㎡
  • 延床面積:361.84㎡
  • 構造:地下・鉄筋コンクリート造、地上・鉄骨造
  • 規模:地下1階、地上1階
  • 用途:事務所兼住宅
  • 構造設計:北條建築構造研究所
  • 施工:株式会社深阪工務店
  • 写真:鳥村鋼一




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