スリットの家
滋賀 / 日本
2005
スリットの家
この家は60本のスリット「だけ」でできている。他に窓はない。
細長い土地を全長105mの壁で囲み、 幅14cm、60本のスリットを刻む。この建築は、緑がすぐそばにないという敷地にあっても、光と建築との関係によって、自然を感じとることができる。
スリットによるコンセプチュアルな造形は、ガラスを多用する現代建築の対極にある。
スリットは、「窓」に対する挑戦であり、建築を構成する術を変える実験性を持つ。スリットだけで構成するという発想が、そのまま建築の造形を形づくる。その単純な方法が、全体の輪郭を際立たせ、建築の在り方をえぐり出す。
内部と外部の両義性をつくり出すことによって、スリットの家の分厚い壁は、窓を再定義する。
敷地は奥行き50m、間口7.5m。民家が軒を列ねる、古くからの日本の都市にある。
さらに、隣地には病院の廃虚がある。つまり、この場所でのあからさまな開放は適当でない。
この極端に細長い敷地を、ぐるっと壁でとり囲み、スリットでその囲いを開く。幅14cmのスリットが外からの視線を遮る。
スリットが60本の光だけをうちへ通す。これは、隣家がせまる日本の住宅地に住まうための方法である。
80才の老婦人が暮らすこの家には、柔らかな光の生活空間と、住宅であることを忘れさせるようなスケールが同時にある。
スリットは光をより意識させ、内部は予想以上に明るい。スリットから差し込む光は、天候、季節、時刻によって刻々と表情を変える。 スリットは、人々に詩的な原体験を思い興させる。まるで日本建築の襖や障子(伝統的な建築)の隙間から差し込む光、あるいは、 古代の石造建築の天窓から差し込む光の筋のようである。
この建築には、まるで壺のなかにいるような凛とした静けさと、どこまでも続いてゆくような詩的な明るみがある。
スリットは、建築のあらたな可能性を秘めている。
この家には特別な時がある。
夜明け、スリットから入り込む淡い光。全体がほの明るい。
午前9時半、スリットの小口に反射する、弱い光の連続。
午前10時半、まず斜めのスリットを太陽が貫き・・・
午前11時。全部のスリットに太陽が突き刺さる。
スリットを貫く太陽、小口を反射する光、2つの光が、V形の筋を長い廊下に落としこむ。
この光の反復を見ると、11時という時刻が止まってしまうかのような感覚になる。
・・・10分もすると、小口を反射する光が消える。
スリットがつくる光のかたちは、V形から1本の光の筋に変わる。
斜めのスリットは、太陽が貫く瞬間が、まっすぐのスリットとずれる。
斜めのほうが少し早い。
その一瞬のずれが、太陽の動きを知らせ、やがてくる日暮れの時を予感させる。
次第に光の筋が短くなってゆく。そして、再び淡い光だけの柔らかな明るみ。
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スリットの家
所在地:滋賀県甲賀市
敷地面積:346.90平方メートル
建築面積:209.89平方メートル
延床面積:209.89平方メートル
構造:鉄筋コンクリート造
規模:地上1階
用途:住宅兼ゲストハウス
構造設計:北條建築構造研究所
施工:深阪工務店
写真:鳥村鋼一