タワー・オブ・リング
天津 / 中国
2012
タワー・オブ・リング
このタワーは透き通っている。大気のはたらきそのもの、大空と光の変化それ自体によって見え方が変わる。
このタワーは、自分がタワーであることを忘れている。
これほど透き通るものを、ただ石を貼っただけのだだっ広い広場の真ん中に建てる。物1つない世界に「虚」を建てるようだ。
この広場は天津市の街の中心だ。重要な場所だが、あえて虚の場所とした。あえて存在感のない虚のデザインとした。 これは東洋的な考えによるものだ。このタワーは東洋的だ。
人々は、タワーを見ているのか、大空を見ているのか、忘れている。
目を見張る形だけれど、その始まりも終わりも見えず、 デザインは水の如く流れるけれど、形は極めてシンプルである。
登る展望台もない。
遊ぶ空間もない。
内部にはなにもない。
虚だ。
それは波の形、指輪の形、竜の形に閉ざされている透明な虚だ。
その虚ろな中に澄みきった光が射している。
そのひっそりとした境地に人の世の幸福が集まって来るのだ。
そもそも広場とは、様々な人間が親しみを分かちあえる場所。互いを知らない人たちからなっていても、近所づきあいのような親しみがある。生き方や仕事も、国籍や出身地や年齢が違っても、1つの共通の場に立っていることをふと見出す場所。
その中心に建つ透明なタワー。
タワーを、登るものとしか考えない者には、 内も外もないタワーを見て呆然とする。
タワーを、権力の象徴としか考えない者には、 在ってないがごとき透明さに力みを失う。
タワーを、巨大さや高さを競うものとしか考えない者には、 風が抜け、空気の色が透ける大空の美しさを見失う。
現代の呆然自失のタワー。
ここではチケットはいらない。 役に立つとか立たないとか、判断はいらない。 人はあくせくせず、 ダンスし、歩き、子守りをし、遊び、 人はゆっくりタワーのかたわらに憩い、のびのびとその下に寝そべって時を忘れている。
それが東洋的だ。
空にちぎれて飛ぶ雲。
水面からちぎれて飛ぶ波。
風を吸い、露を飲み、霧にまたがる竜。
大気の移りゆく様を、薄い衣に映え照らして踊っている美しい女。
このタワーは翼なき飛翔だ。
天津について
天津市は、北京の南東115キロメートル。
天津市は歩きにくい。方角も迷う。天津市の歴史と現在はその複雑さと似ている。歴史上、天津は中国へ入る海外勢力の上岸地だった。中国とアジア・欧米の異質な文化が出会うゲートである。同時に、首都の喉元とも言われ、様々な事件がこの街でおこる。
首都への近さによって重要人物が住む。複雑な街路の中に。市民と政府が街中で対面する。モダンなマンションや大学や市政府の建物の横で、レンガ造りの住居区がひしめいている。道に余地があれば、だれかが店を出す。この街に生き生きした表情は、北京や上海の巨大妄想的な都市とは一味違う。
基本的なことがら
このタワーは、中国、天津の新しい文化地区の中心の広場に立つ。
この広場は、天津市の議場「大礼堂」の前にある。ここは、天津市における天安門広場のような場所と言える。石張りの広大な広場である。このタワーはその中心に建つ「迎賓塔」である。
タワーの直径は12メートル。メンテナンス以外に人は昇らない。 タワーは広場より6メートル下がった地面から建っている。高さは低い地面から64メートル。
鋳鋼に埋め込んだLEDの照明によって、様々な夜景の演出ができる。年末のカウントダウン(数字が出てきて変わる)はこのタワーの大きな役割の1つだ。
意匠と構造について
部材はすべて、鋳鋼でできている。タワーの部材のすべてを鋳鋼でつくった例は、世界で唯1つである。世界一のタワーである。
実質的な設計開始は、2011年12月31日、完成は2012年4月23日。設計開始から工事完成まで、たった4カ月というスピードであった。
この短期施工に合わせるために、鋳鋼を使ってこのタワーを造った。
今回のわれわれのタワーは、*形のパターンの単位部材が1136個ある。仮に*を4個つないで単位部材としても、ひとつの鋳型で284個の部材が出来るから、鋳型をつくる値段はほとんど全体のコストに影響しない
*は円環上に曲がり、なおかつ、直線の部分がない。つまり、ねじれている。鋳鋼はこういった形をつくるのに優れている。波打つような円環が71段積み重なってできている。
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タワー・オブ・リング
所在地: 天津、中国
竣工: 2012
クライアント: 天津市
デザインチーム: EASTERN design office + 川口衛建築構造設計事務所
写真: 鳥村鋼一
ビデオクリップ : EASTERN design office +鳥村鋼一